愛するものがありません、見つけたい

誰にも選ばれたことがありません

火のついたタバコを握りしめたことある?

私はあります。

あれが秋だったのか、春前だったのか、もう記憶があやふやになるくらいになっている自分に驚いています。絶対に忘れてやるもんか、と思っていたのに。

 

大学1年生になったばかりの18の夏、私は大好きな人がいました。

男性で、ブルガリブラックのいい匂いのする人でした。

私はあんまり恋愛が得意な方ではなく、すぐに告白してすぐに玉砕、けれど服の中に彼の手が入ってきているのは拒みませんでした。

何度も理由をつけて彼の家に行き、どうにか私のことを好きになってもらおうと奮闘していました。

 

彼の家の近くには大きな川がありました。

そこの川に行って、抱きしめられたのを覚えています。すごく嬉しかった。緊張して、どうしたらいいのかわかりませんでした。

その時、何となく「私女の人も好きになるんだよね」って言ったら、「別にいいじゃん」って、その言葉がとても嬉しくて、きっとこういうところが好きになったんだなと思いました。優しい言葉を、欲しい時にくれる人でした。

 

それでもそんな関係は長くは続きません。

ある日大好きな彼に呼び出されて、駅近の居酒屋に行きました。

いつもの優しい表情の彼がいました。

 

「もうこういうのはやめよう」

 

こういうのって、どういうの?

「来るんじゃなかった」と私は唇を噛みました。もうどうやっても彼を手に入れられない距離まで離れてしまっていたのです。

場所を変えようと、食べかけのナッツを残して店を出ました。夜風が涼しかったのを覚えているから、やっぱり秋だったのでしょうか。

 

適当に話しながら歩いていると、彼はタバコに火をつけました。メビウス6ミリ、メンソール。

ふと彼が吸っているタバコ、たまらず欲しくなったのです。「ちょうだい」って言って、受け取って、そのまま握りしめました。不思議と熱くなかったのです。

 「手出して」なんて焦ったように言う彼に見せると、小さな赤い、焼けたばかりの火傷がありました。

彼はすぐ近くのファミマで、セルフのアイスコーヒーの氷だけ入っているカップを買って、私の手に握らせました。「いらない」っていうと、彼は地面に氷をたたきつけました。

 

それから彼は、私の友達と付き合い始めました。彼女には「おめでとう」って言えました。

 

あれから数年経って、彼はもう目の端にも見えなくなってしまいました。彼の思い出の中には多分私はいません。

だから早く、私の記憶から出て行って欲しいのです。

 

彼に教えてもらったタバコ、私はやめられないでいます。